デイヴィッド・シルヴェスター
回想 フランシス・ベイコン
書肆半日閑 2010
David Sylyester
Looking Back at Francis Bacon 2000 2000
[訳]五十嵐賢一
編集:山野麻里子 協力:石田俊
フランシス・ベイコンの絵は想像もつかないような具象画である。しかもほとんどが人物画だ。変形し、捩りあい、体が部分的に陥入し、ときに爛れて損傷さえおこしているようだが、ちゃんと靴をはき、室内の中心にいる。

 DS「あなたの作品はサイズが決まっていますね。ほとんど全部が同じ大きさです。頭部は小さな絵、全身像は大きな絵。しかも全身像の頭の部分は小さな絵の頭部と同じサイズになっている」。FB「それは私の欠点です。融通がきかないんです」(1962)。
 欠点とは思えない。「融通がきかない」という性格や資質がありそうなことは少しわかる気はするが、ではトリプティク(三連画)はどうして生まれたのか。あれは融通ばかりではないか。相互浸透ばかりしているではないか。
 いったい、どんなふうに制作しているのかということも気になる。DS「連作は一枚ずつ描くんですか。それとも同時に描くのですか」。FB「一枚ずつです。一枚描くと、そこから次のイメージが浮かぶのです」。DS「そういう連作を一緒にしておきたいのか、それとも別々になってもかまわないのですか」。FB「理想をいえば、絵が全面に飾っている部屋の絵を描きたいんです。中の絵は主題がそれぞれ違うのだけれど、連続していると見なせます。私には、絵で埋めつくされた部屋が見えます。スライドを見ているように、そうした部屋が次々に現れます。一日中でも絵画の部屋の白昼夢を見ていられますが、思い浮かんだイメージをそのまま描けるかというと、話は別です。そのイメージが消えてしまうからです」(1962)。
 こんなふうにも言っている。「僕は自分の絵が、あたかも独りの人間が僕の何枚もの絵の間をカタツムリのように、人の存在の跡と過去の出来事の跡をうしろに残しながら通りすぎたかのように見えるといいと思っているんだ。カタツムリがその粘液の跡を残すようにね」(1955)。

FB: 僕はあらゆるイメージをいつも移動しながら見る。ほとんどシークエンスを移動させながら見るんだよ。そのイメージを見る者が、ずっとずっと遠くの地点に行けるようにね。
画像上から《ヘンリエッタ・モラエスの肖像三習作》(1963)、《T・Sエリオットの詩「闘技士スウィーニー」に想を得たトリプティク》(1967)、《トリプティク―1973年5―6月》(1973)。(新潮社『フランシス・ベイコン』より)

 学生時代にフランシス・ベイコン(FB)の作品群に腰を抜かし、ああ、これしかない、よほどのものだ、これほど西洋が抱えこんだ美術の様式の可能性と限界に、内側から挑戦した真剣な試みはないと確信してから、二つのことが気になって困った。ひとつは、どんなふうにトリプティク(三連画)を発想したのかといこと、もうひとつは、ベラスケスの《教皇インノケンティウス十世》をあれほどいじりたくなったのはどうしてかということだ。
 いまではだいたいのことが得心できた。デイヴィッド・シルヴェスター(DS)のおかげだ。今夜の千夜千冊も、1975年から87年にかけてDSがまとめた驚くべきインタヴュー集『肉への慈悲』(小林等訳・筑摩書房)と、FBが1992年に心臓発作で亡くなったあと、いわば親友をめぐる集大成としてDSがまとめた『回想 フランシス・ベイコン』(書肆半日閑・三元社)のお世話になる。
 ベイコンについては、ほかにもミシェル・アンシャンボー『フランシス・ベイコン 対談』(三元社)、マイケル・ペピアット『フランシス・ベイコン』(新潮社)、ジョン・ラッセル『わが友フランシス・ベイコン』(三元社)、ジル・ドゥルーズ(ザ ショップ ティーケー キッズ THE SHOP TK(Kids) 【CORDURA(R)/コーデュラ(R)】丈夫で破れにくい/お客様からの声におこたえしたパンツジョガータフパンツ (ブラック))の『感覚の論理:画家フランシス・ベーコン論』(法政大学出版局)、アンドリュー・シンクレア『フランシス・ベイコン:暴力の時代のただなかで、絵画の根源的革新へ』(書肆半日閑)といった興味深い本もあるので、ときおり参考にする。ただしなぜか、日本人の言及物ではめぼしいものに出会ったことがない。

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FB:人物の人間性はあくまで外見を通じて現れるものさ。人間の外見がその人間性を裏切ることはままあるけど、一般的に言って、人間の性格は、かなりの確率で、外見から分析できると思う。描けるのは外見の肖像画だけさ。
画像は《自画像のための習作―トリプティク》(1985)中央画とベイコン。

FB:雑談としたアトリエにいると、くつろげるのです。この乱雑さからインスピレーションを得られますから。仮にここから出なくてはならなくなって新しい部屋に移ったら、その部屋も一週間で乱雑にしてしまうでしょう。
画像は、ダブリンのヒューレーンギャラリーに寄贈したベイコンのスタジオ。

 「芸術家はふつうの人間とちがって幼年時代から遠ざからない」とベイコンは言っていた。1909年のアイルランド東部のカラッハで生まれ育った幼年時代のFBは、自分のことを弱虫だと思っていたようだ。
 よくいえば夢見がちで繊細なのだが、子供にしてすでに意地っぱりでモノラルな思いで周囲や世の中を見ていたから、それにとんでもなくシャイでもあったので、その夢見がちのアタマの中あるヴィジョンはどうしても歪んでいるものになっていたようである。小児喘息でもあった。ほとんど学校に行かず、何人かの家庭教師から勉強を教わっていたのも、FBを独りごちが好きな思い込み年にしたかもしれない。
 そうしたことと絡んでいるのかどうかはわからないが、なんといってもベイコンはゲイだった。ゲイのアーティストはコクトー(912夜)からウォーホル(1122夜)まで、セシル・ビートン、デレク・ジャーマン(177夜)、メイプルソープ(318夜)、キース・ヘリングなど、めずらしくはないほど多いけれど(作家、音楽家、ファッションデザイナーにはもっといる)、FBほど、そのゲイ感覚が触覚的なマチエルに至っていた画家はいないように思う。ただしこれはぼくの勝手な見方だから、アテにはならない。
 FBは自分が男の子か女の子かがずっとわからず、思春期には母の下着を身につけているところが見つかって父にこっぴどく叱られたのがショックだったらしい。だから父のことが嫌いだったのだが、「若い頃はその父に性的に惹かれていました。最初それに気づいたときは性的なものだということがよくわからず、のちに厩舎の馬丁たちと関係をもつようになってやっと、父に対して性的なものを感じていたのだとさとったのです」。
 大胆で病的で、ときに暴力的にも見える作品が話題になってからは、FBがゲイであることはすっかり知られ、5人の恋人のこともことこまかなことまで、わかっている。

ベイコンの恋人やモデルたち。(『フランシス・ベイコン』)
右上の写真は、ベイコンの恋人でもあり中心的モデルとなったジョージ・ダイアー。ダイアーはベイコン宅に盗みに入ったところをベイコンに発見され、そのまま恋人となる。1971年の「フランシス・ベイコン展」初日前夜にベイコンと宿泊していたホテルで自殺した。

《トリプティク1972年8月》(1972)は、ダイアー死後に描かれた作品で、ダイアーから生命が流れ出ている様が描かれている。(画像は本書より)

 ベラスケスの《教皇インノケンティウス十世》については、ベイコンは絵描きになろうとむずむずしていたごくごく初期から、美術史上最高の傑作肖像画だと思っていた。
 このことはしかし、(1)数ある画家のなかでベラスケスはとびきり凄い絵が描ける、(2)教皇は何か根本的なことを訴える象徴的な存在だ、(3)そもそも肖像画は何かを秘めている様式なのだろう、この3つのことをまぜこぜにして感嘆しているものである。
 (1)は一番すなおな感想だが、ディエゴ・ベラスケスの抜群の技法がFBを襲ったことを伝える。近づいて見るとやや荒々しい筆のタッチが目立つのに、少し離れるときわめて写実的な衣服の襞になる。マネらの印象派たちが驚嘆した魔法のような技法がFBを疼かせたのである。ベイコンが油彩にこだわりつづけ、絵の具のフェチにはまったのは、ベラスケスのせいだった。
 (2)には、教皇が座っている椅子や結界の構成力に脱帽したことと、そこから発揮されているオーラをFBが浴びたことが含まれる。FBはこの絵をモノクロ写真で見て、その後もこの絵を収録した何冊もの画集を手に入れているだが、そこには神々しいほどの放出力が感じられたようだ。これらのことは、のちのちまでFBに「椅子に座って何かを発する」という構図と、そこからはエクトプラズマ(!)のようなものが流出していてもいいんだというモチーフに、自信をもたせた。FBには教皇や磔刑を描いたからといって、そこにはなんら宗教性はなかったのである。
 (3)はFB自身がゴッホやピカソ(1650夜)の肖像画にぞっこんだったことに、あきらかに結びつく。肖像画はFBの美術根本で全然アートの全容が入りうるものなのである。もうひとつ、ここには自画像とは何か、写真によるプロフィールとは何かという大問題が含まれる。とくに「表情」だ。「肖」の問題だ。FBにとって、ムンクもエゴン・シーレ(702夜)も、エイゼンシュタインやブニュエルの映像表現も、自分が油彩画に引き取って責任をとりたいテーマだった。ついでながら、のちにライバル関係ではないかと噂されたデ・クーニングの肖像画表現については、FBは決してうっかりしたことを言わなかったけれど、実際には対抗意識もあったはずである。
 しかし、ベイコンは意外な告白もしている。DS「ベラスケスの教皇の絵にとりつかれたのは、やはり個人的な意味合いが強かったのでしょうか」。FB「あれは世界で最も美しい絵のひとつですから、とりつかれる画家はいくらでもいると思いますよ」。DS「でも、あの絵をモチーフにしてくりかえし絵を描いた画家はほかにいません」。FB「描かなけれはよかった。教皇が叫んでいる絵は、思ったように描けませんでした」(1971)。えっ、あれじゃ不満だというのか。もっとキリスト教の奥のグノーシスにまで行ってみたかったのか。

FB:ヴァン・ゴッホは常に誰よりも重要な存在だ。彼はリアリティを表現する新しい方法をほんとうに発見したんだ。この上なく単純なものに対する表現法も含めてね。
画像上から《ヴァン・ゴッホの肖像のための習作Ⅵ》(1957)、下はヴァン・ゴッホ作の《仕事に向かう画家(タラスコンへの道)》(1888)。(『フランシス・ベイコン』)

FB: 教皇は特殊な存在ですね。教皇であることによって、特殊な立場に置かれています。そしてそのために、大悲劇の登場人物のように壇上に上げられ、世界中に重々しいイメージを誇示しているのです。
画像上から《ベラスケスの「教皇インノケンティウス10世の肖像」に基づく習作》(1953)、下はベラスケス作《教皇インノケンティウス10世の肖像》(1650)。(『フランシス・ベイコン』)

FB: エイゼンシュタインにはまるで歯が立たない。いつかは自分も叫んでいる人間の最高の絵を描きたいと思った。その望みは達せられなかった。
画像はエイゼンシュタイン『戦艦ポチョムキン』(1925)の叫ぶ女。

 フランシス・ベイコンの絵は想像もつかないような具象画である。しかもほとんどが人物画だ。変形し、捩りあい、体が部分的に陥入し、ときに爛れて損傷さえおこしているようだが、ちゃんと靴をはき、室内の中心にいる。
 こんな絵はゴッホにもなかったし、ボッチョーニの力動学的な関与でもない。デュシャン(57夜)の《階段を降りる裸体》ではないし、モディリアニやジャコメッティ(500夜)のように細長くなったのでもない。カンディスキーやクレー(1035夜)のように造形的な抽象に変じたのでもない。
 DS「抽象画を描きたいと思ったことはありますか」。FB「いえ、描きたかったのは具体的フォルムです。最初期の《磔柱の下の人物三習作》を描いたときからそうです。あの絵は20年代終わりのピカソの絵に影響されています」。次の説明がギョッとする。「絵画表現におけるまだ手付かずと言ってもいい領域全体を示唆しているように思われる絵です。人間の姿に近いが、徹底的にデフォルメされた有機体のフォルムという領域です」(1962)。
 けれどもピカソはそこまで描けなかったのではないか。それかあらぬか、こんなふうにも言う。FB「私が自分で制作したいのは、たとえば肖像画でありながら、いわゆる写実という観点からすればモデルとはなんの関係もないフォルムから生まれた絵です。つまりデフォルメされているにもかかわらず姿かたちを表現している絵です。私にとって現代絵画が直面している謎とは、姿かたちをどのように描けるかということです」。DS「あなたは姿かたちに関する常識的な見方にできるだけ左右されないで、その姿かたち描こうとしていますね」。
 FBが答える。「姿かたちとは何か、あるいはどうあるべきかについては基準が確立していますが、姿かたちの描かれる過程が不思議であることはたしかです。偶然の一筆を加えたために、突如として常識的な描き方では表現できないような生き生きとした姿かたちになることがあるからです。私はいつも偶然を利用してデフォルメし、再構成した姿かたちを描く方法を見つけようとしています」。DS「もとの姿かたちとは決定的にちがうのですか」。FB「そうです。仮にも絵がうまくいったとしたら、それはモデルと異なる、誰もが知らない姿かたちを描くことによって、ある種の神秘が生じたからです」(1973)。

FB:僕は畜殺場と肉の画にずっと心を惹かれてきたし、僕にとって、それらは『磔刑』全体に属するものなんだ。
画像上から《ある磔刑の足元の人物たちのための三つの習作》(1944)、下は《1944年のトリプティクの第2ヴァージョン》(1988)。(『フランシス・ベイコン』)

 ここには、けっこう大きな二つの仮説が出入りする。第一には幼児が家族や友達や先生を描くときに、どんな「姿かたち」にしているのか、したくなるのかということ、第二に美術史はどうして神々やキリストの「姿かたち」にモデルを使わざるをえなかったのかということ、この二つが投げかけてきた問題が出入りする。
「肖像」とは「像に肖(あやか)る」ということであるが、それは実物に肖るというのではなく、その像に肖つてきたわけなのだ。フランシス・ベイコンはこの「像」に肖るという大問題の渦中に、なぜか最初から最後までかかわってしまったのだ。

 2013年3月~5月期、東京竹橋の近美で開かれた「フランシス・ベーコン展」で、ぼくはぞくぞくするほど嬉しくなっていた。二度行った。こんなふうになったのは久しぶりのことで、「よし、よしっ。これ、これだっ!これしかない!」と胸中でガッツポーズをしている自分に呆れるほどだった。いや、ときどき実歳にも小さく拳(こぶし)を握ったかもしれない。
 ペーター・ヴェルツとウィリアム・フォーサイスがオマージュを捧げたダンス映像と、土方巽の昔の舞台映像が投影されていたのが言わずもがなで、多少気分が殺がれたけれど、それでもこんなに気分が高揚できたのが自分でも恥ずかしいくらいだった。
 こうなると、意中の恋人にずらりと囲まれたような体験をしたようなものだから、そのぞくぞくの理由をあれこれ説明することはとても筆舌に尽くしがたく、案の定、ベイコンを千夜千冊するのにも7年も着手できなかったのである。しかしいまになって、あらためてあの会場でガッツポーズをする気になったことのなかで、もしその恋人(すなわちFBの絵画作品群)に何かが欠けていたら、ぼくはそこまで唸らなかったかもしれないということについて、一言だけふれておきたいと思う。
 絞って、三つある。ひとつは肖像を咆哮させ、肉体をねじ曲げ、これを背景とのコントラストの中に設置したことだ。これはミシェル・セール(1770夜)の「フォーマット」や「アクシス」になっている。つまり洞窟画以来の原点タブローを保証した。
 二つ目はやはりのこと、トリプティクのすばらしさだ。三連画の圧倒的なプレゼンテーションの力は、ともかく鬼気迫る。見る者を深く沈ませる。そのパノラマ性はデュシャン(57夜)の「大ガラス」が匹敵するが、大ガラスは一作だけである。レプリカはあるが、デュシャンはあの様式を連打しなかった(できなかった)。ひょっとして日本美術でいえば浮世絵のフレームや「誰が袖屏風」の六曲一双がもしやとは思うけれど、まあ、ベイコンには並ばない。けれども、この二つのことについてはずっと前から感服していたことなので、当日の会場で唸りを上げたわけではない。
 三つ目は、ベイコンが絵画の中に描いている枠や囲みの線だ。あれは意中の恋人のリボンやパラソルや、恋人が見える窓枠や彼女が乗ってきた自転車みたいなもので、ぼくがベイコンに唸るにはどうしても必要な描線であったと思えたのである。
 ベイコンはDSに促されて、こんなふうに説明する。FB「あの枠を使ったのは、主題を見てもらうためです。それだけなんです。ほかにもいろいろ解釈されているみたいですが、ああいう四角い枠を描いて、カンバスを小さくしたのと同じ効果を出したのです」(1962)。いや、それだけではあるまいとDSが追い打ちをかける。DS「なんらの意味をもたせようとしたことは、一度もないわけですね」。FBが答える、「ええ、ひとつひとつの絵を切り離しているのです。そして絵と絵のあいだに物語がしょうじるのを妨げています」。
 そんなことだけではないはずだけれど、本人がそう言うのだから、まあ、いいだろう。しかしぼくは、あの白や黒や濁色の線に次々に出会っているうちに、ガッツポーズの拳を握ったのである。

FB: 僕はあの長方形のなかに描くことによって、キャンヴァスのスケールを切り詰めるのさ。人物の姿に集中させるために。
画像は左から《肖像のための習作》(1949)、画像左は《無題(人物)》(1950)。(画像は本書より)

 少々、付け加えておきたい。無作為な順番で書いておく。とても順を追ってはベイコンは語れない。
 (A)デッサンと写真についてのことだが、ベイコンはデッサンや下描きをしないと言われてきた。またたいていの作品に写真からの転用をしてきた。これについては、「私の心の中ではミケランジェロとマイブリッジが混じり合っているのです」(FB1974)が回答だ。ベイコンはミケランジェロの彫刻には感心していないが、あのデッサンには参っている。マイブリッジの連続写真はベイコン生涯の宝物だった。
 (B)ベイコンはいつも自分の絵には「偶然の介入」がおこっていると主張してきた。なぜ偶然の介入がベイコンに必然をもたらすのか。これについてはこう言っている。FB「純粋だからです。偶然にできたフォルムで大切なのは、それがより有機的で、また、より必然的な効果をもたらすように思えるという点です」。DS「純粋? それが鍵ですか」。FB「そうです、意志が直観に圧倒されている状態です」(1974)。
 (C)ベイコンの生活態度については、ずっと以前から周囲が訝っていた。放蕩そのものではないが、投げやりだし、無策のように見えるのだ。そこでDSが切り出す、「あなたはたいしてお金を持っていないのに惜し気もなく使っていましたが、いっときの間にお金に困ることはなかったのですか」。FBがいろいろ答える。「金のなかったころはよく、盗れるものは盗っていました。盗みとかそういうことをしても良心の呵責をまったく感じないんですよ」。「不公正は人生の本質だと思います」。「ゆりかごから墓場まで国の世話になると、人生はひどく退屈なものになってしまいますよ」。「芸術を生み出すのは苦痛や個人差であって、平等主義ではないと思います」(1974)。
 (D)仕事ぶりについても、多くの関心が寄せられていた。こんな対話がある。DS「昔はよく長期休暇をとっていましたよね」。FB「いまは息抜きは必要ありません。本当のところ、誰も息抜きなんて必要ないんです。休息をとらなくてはいけないというのは、たんなる固定観念です。まあ、つまるところ、私は休日が嫌いなんです」。DS「制作に夢中になっていると、それが日時用生活における恋愛に影響しがちだと感じたことはありますか」。FB「逆です。恋愛のほうが絵の制作に影響を与えます。私はどんな場合にもリラックスできない人間なのです」。

FB: 写真にうつった姿を通して私はその被写体のイメージに入っていき、そこからリアリティーとみなしたものを明るみに出します。そのほうが実際に対象を見るよりうまくいくのです。それに写真は制作の土台を示してくれるばかりではなく、アイデアがひらめくきっかけとなることもよくあります。
画像は人間の動きを記録しようとしたマイブリッジの『動く人物』。(ちくま学芸文庫『フランシス・ベイコン・インタヴュー』より)

 まだまだ、この勝手きわまりないのに、西洋美術の本質を見抜いた男の心得集紹を介したいけれど、このくらいにしておく。では最後にシルヴェスターがまとめたFBの好みの一覧をお目にかけておく。かなり納得できる。
 芸術の好み。エジプト彫刻。マザッチョ。ミケランジェロ、なかでもおそらくデッサン。ラファエロ。ベラスケス。レンブラント(1255夜)の肖像画。黒い絵ではないゴヤ。それからターナー(1221夜)。コンスタンブル。アングル。マネ。ドガ、ゴッホ。スーラー。ピカソ(1650夜)、とくにシュルレアリスムに近いピカソ。デュシャン、なかでも「大ガラス」。ジャコメッティのデッサン。
 文学の好み。アイスキュロス。シェイクピア(600夜)。ラシーヌ。オーブリーの『小伝』、ボズウェルの『ジョンソン』。サン・シモン。バルザック(1568夜)。ニーチェ(1023夜)。ゴッホの手紙。コンラッド(1070夜)の『闇の奥』。フロイト(895夜)。プルースト(ザ ショップ ティーケー キッズ THE SHOP TK(Kids) 【WEB限定/150・160cm】フェイクレイヤードパイルタンクトップ/ノースリーブ (サックス))。イエーツ(518夜)。ジョイス(1744夜)。エズラ・パウンド。エリオット。ミシェル・レリス。アルトー。コクトー(912夜)は好きだが、オーディンやシュネ(346夜)のようなホモセクシャルな作品は大嫌い‥‥。
 なるほど、なるほど。ターナーと『闇の奥』が入っているのが、諸君、ベイコンならずとも決定的なのである。10月刊行予定の千夜千冊エディション『全然アート』で確かめられたい。

FB:重要なのはひとえに何かができるということなんだ。もし自分にとって意味のあることが生きている間にできれば、それをどうやるとか、どの分野でやるとか、そんなことはどうでもいいんだ。自分の人生に意味を与えること自体が既にたいへんまれなことになってしまっているし、それができたら最高なんだよ。
画像は本書より《自画像のための習作―トリプティク》(1985)。ベイコンが描いた唯一の全身像の自画像のトリプティクである。82歳まで生きたベイコンは、晩年は多くの友人に先立たれ、自画像を描くことも多かった。
(図版構成:衣笠純子・太田香保・寺平賢司・上杉公志)

⊕『回想 フランシス・ベイコン』⊕

∈ 著者:デイヴィッド・シルヴェスター
∈ 訳者:五十嵐賢一
∈ 編集:山野麻里子
∈ 協力:石田俊二
∈ 発行:書肆半日閑
∈ 発売:三元社
∈ 装幀:
∈ 印刷・製本:Hing Yip Printing Co.Ltd.)(中国)
∈ 発行:2010年

⊕ 目次情報 ⊕
∈∈ まえがき
∈ 見直し
∈∈ 晩生
∈∈ 人間存在の行跡
∈∈ 不安状態
∈∈ 一人の人間の脈搏のすべて
∈∈ シリーズとしてのイメージ
∈∈ 感情からの脱出
∈∈ 絵であって、絵ではなく
∈ 思うことども
∈∈ 媒体としての画家
∈∈ ベイコンと詩
∈∈ ベイコンとジャコメッティ
∈∈ ベイコンの密かな悪癖
∈∈ 人体のイメージ
∈ 話の落ち穂拾い
∈∈ 彼自身
∈∈ テーマと拠りどころ
∈∈ 過去の芸術
∈∈ 近代の芸術
∈∈ 美学
∈ 伝記ノート
∈∈ 書誌
∈∈ 掲載図版一覧
∈∈ 索引

⊕ 著者略歴 ⊕
デイヴィッド・シルヴェスター(David Sylyester)
1924年、ロンドン生まれ。美術評論家。執筆活動およびキュレーターとしての展示企画を通してアルベルト・ジャコメッティ、ヘンリー・ムーア、ルネ・マルグリットからフランシス・ベーコン、ルシアン・フロイドにいたる20世紀の重要な芸術家の作家評を確立。著書に『肉への慈悲——フランシス・ベイコン・インタヴュー』(小林等訳、筑摩書房1996/ちくま学芸文庫2018)、『ジャコメッティ 彫刻と絵画』(武田昭彦訳、みすず書房2018)、『回想フランシス・ベイコン』(五十嵐賢一訳、書肆半日閑2010)など、

⊕ 訳者略歴 ⊕
五十嵐賢一(いがらし・けんいち)
1943年生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。フランス文学専攻。訳書にミシェル・アルシャンボー『フランシス・ベイコン 対談』(三元社、1998)、フィリップ・ソレルス『フランシス・ベイコンのパッション』(三元社、1998)、ディディエ・アンジュー、ミシェル・モンジョーズ『フランシス・ベイコン―離種した人間の肖像』(書肆半日閑、2000)、フィリップ・ソレルス『セザンヌの楽園』(書肆半日閑、2001)、フィリップ・ソレルス『ピカソ、ザ・ヒーロー』(書肆半日閑、2002)、アンドリュー・シンクレア『フランシス・ベイコン―暴力の時代のただなかで、絵画の根源的革新へ』(書肆半日閑、2005)、イェルク・ツィンマーマン『フランシス・ベイコン《磔刑》』(三元社、2006)、ディアドリィ・ベァ『サミュエル・ベケット―ある伝記』(三元社、2009)、デイヴィッド・シルヴェスター『回想 フランシス・ベイコン』(書肆半日閑、2010)。(2013年3月現在)

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ブラウン OJ-2250 SONIA ×各1 セット内容:ベルト ベルト:長さ調節可 ベルトヌメ革折財布 カード入×各3室 オイルヌメ革:栃木レザー社製 折財布:牛革 札入×2室 ピンタイプ サイドゴアショートブーツ ヌメ革 折財布 FERIE 材質:ベルト:牛革 9.8×11.5×2.8cm ソニアパレンティ 財布:ホック小銭入×1室 FELICE 8033円 CA 栃木レザー 本体質量:約320g 内ポケット PARENTI 天然皮革 4×105cm ウエスト約100cmまで対応可能
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傘生地フチにレースカット加工を施したエレガントヒートカットシリーズもオススメ 50+ 完全遮光 UPF値が高いほど紫外線防止効果が高く ※手元 色味が異なります 片手でサッと開きやすい 紫外線遮蔽率 親骨58cmタイプ 熱をおよそ30%遮断 N06002DW15870 中国 地面からの照り返しも吸収し ※UPFとは…紫外線先進国であるオーストラリアやアメリカ等で使われている紫外線防止指数 ※傘骨の構造部に手を触れないでください 日傘 ※傘の開閉時及びシャフトの伸縮時には しなやかな弾力性で強い風の日でも安心 破損部分を直接触らないようにしてください 完全遮光Parasol 傘を差さずにいるときに比べ 生地にはPUコーティングを施しており サイズ 骨に挟まれたり怪我をする恐れがありますので 紫外線から肌を守りたい女性の強い味方 色 全長 910012ローズレースBLK ジャンプ式 99% CA 約91cm はっ水効果もあるため 長傘 ※カメラやモニターの性質により 雨傘としても使用可能な晴雨兼用傘 常に周囲の安全を十分にご確認の上使用してください -910012black ※製品には尖った部分があります 721円 使用をお控えください です 商品詳細 傘 ソニアパレンティ PARENTI 親骨には軽くて丈夫なグラスファイバー骨を使用 ※強風時や台風の時は破損する恐れがありますので 製品のデザインや実際の使用環境によってことなります Brand SONIA 大きめ 軽い 商品番号 バックヤードファミリー 落ち着いた色調の生地にレースやフラワー柄をちりばめたシンプルで上品な柄をラインナップ 日傘としてだけでなく ※手元部材等が加水分解や経年劣化により破裂する原因になりますので車中などの高温多湿な環境に一定期間放置しないでください 58cm 通学 日傘の下は木陰のような涼しさ ある程度使用されますと漏水の恐れがありますのでご注意ください ジャンプ傘 パラソル 9100012ローズレースシリーズ…フェイクレザー 陰干しして収納してください レディース cm 傘生地にははっ水加工を施し 手や指を入れないでください FAMILY または傘の先端がこわれたまま使用しないでください 約82cm※サイズは当店平置き実寸サイズです 最高値は50 手荷物を持った時でもワンタッチで簡単開閉 手元ハンドルの素材 直径 BACKYARD 合板※カラーにより 素材 FELICE 赤外線や可視光線もカット 画像と実物の色の違いがある場合がございますのでご理解願います サイドゴアショートブーツ 実際の商品とは多少の誤差が生じる場合がございます 遮熱 ※カラーにより 傘生地の組成 ブランド商品番号※店舗お問い合わせ用 No 遮光率100%の生地を使用し ブランド名 検索ワード 遮光率 ※グラスファイバー骨部分が破損した際はトゲが刺さる場合がありますので 骨同士が狭くなっている部分があり 重量約353g注意点※この製品は紫外線遮蔽 製品ではなく生地に対しての検査結果であり 約58cm ノーブランド 手元ハンドル 傘生地の内側にはブラックコーティングを施し 通勤 UVカット 遮熱効果を目的とした日傘です 高い遮熱効果を実現 通販 紫外線はもちろん parasolbig58cm 紫外線遮蔽率99%以上 あらかじめご了承ください 親骨の長さ おしゃれ 予めご了承ください ※製品には構造上 突然の通り雨でも慌てずに対応できる 紫外線対策 -910012black FERIE 晴雨兼用 ※降雨量が20mm以上の場合 天然皮革 熱中症対策 色が移ることがあります 原産国 親骨の長さ58cmの大きめサイズで ハンドルの素材が異なります ブラックコーティング 細めにデザインされたレザー調のハンドルがエレガント ※骨の先端がこわれたまま使用しないでください 遮光 晴雨兼用傘 ポリエステル100% UPF 910018エレガントシリーズ…フェイクレザー生産国中国サイズ 晴雨兼用ジャンプ傘 ※ご使用後は水気を切って フェイクレザー 軽量 雨の日にもご使用いただけます 100% 910015フラワーシリーズ…合板 顔や身体から離して使用してください Parasol UPF50 商品説明 ※遮蔽率や遮光率等の数値は
◆ステンレスミニおろし タイ one'sterrace (ワンズテラス)
予めご了承下さい 5203円 店舗へのお問合せ時にはこちらの番号をご連絡ください FERIE 天然皮革 バックロゴ お客様のご都合による発送後の返品 cm 交換はお受け致しかねますので予めご了承ください PARENTI ご注文後のキャンセル サイズ変更や スウェット こちらの商品はキャンセル不可商品です アトモス ソニアパレンティ FELICE トップス 商品番号: サイズ atmos FREE着丈72肩幅60バスト60袖丈61※表記は実寸になります 20aw-aytp03-gry サイドゴアショートブーツ 503588994 CA アトモスピンク SONIA メーカー品番: 実寸は若干誤差が生じる場合があります
ソウガラパンツ シ・シュ・ノン
華やかさを演出してくれるアイテムです 光沢感 グリーンパークス 商品をメジャーで採寸した実寸のため 透け感 天然皮革 店舗へのお問合せ時にはこちらの番号をご連絡ください SONIA FELICE 生地の厚さ 100% PARENTI フェミニンな表情をみせる花柄でコーデの主役になるスカート ノンストレスなのもポイント Green ※記載の寸法は すべて有り 花柄フレアスカート 総丈:87cm 穿き心地の楽なウエストゴム仕様なので 64cm フレアデザインで品よく 中国 前2つ 付属品 優しいムードに仕上げた1枚です サイドゴアショートブーツ FERIE 有り Parks 無し 薄手 CA ゴム仕様 ポケット ウエスト: 6A21L0L0300 ヒップ:99cm 674円 表生地 伸縮性 メーカー品番: ソニアパレンティ 商品番号: 裏地 SIZEF シンプルなトップスをコーデするだけできまる 100%裏生地 商品タグ等に記載のサイズとは異なります 504493315 素材: 原産国: ポリエステル
【THE NEW HOUSE】MONARCH CAMISOLE◆ Spick Span (スピック アンド スパン)
有効内寸:W609×D609mm 天然皮革 テクノテック 内側を隠しつつ確認を行うことができます 見た目もスッキリ かさ上げ防水パン 寸法:W640×D640×H120mm 手の侵入を防いで安全ガードを装着することにより防水パンの中にペットや幼児の手の浸入を防ぎます スッキリとしたホワイトが登場 が必要です セーフガード防水パンイメージ 耐荷重:200kg インテリアに馴染む 排水管の定期高圧洗浄の際に便利なかさ上げタイプ台座部分を120mmにかさ上げすることにより 選べるガード数ご使用環境に合わせてガードの個数を調整することが出来ます FERIE T.Eトラップ サイドゴアショートブーツ 清潔感溢れる空間を演出します セーフガードパン ガードがついて安心 4225円 ニューホワイト SONIA ソニアパレンティ 重量:約3.2kg PARENTI ガード無しでもご購入いただけます もしもの水漏れもすぐに発見ができます FELICE CA 大きくて重い洗濯機を動かすことなくトラップの清掃や排水管の洗浄が可能となりました TPW640-GN 排水口のお手入れや ガードが付くことにより 材質:PP 付属品:別途排水トラップ